タッキーのテニスクラブ開校への道のり

タッキーがテニスクラブを開校するまでの日々の過程を日記形式で紹介します。 クラブホームページTOPへは、下記のアドレスをクリック!

タキザワテニスクラブ☆TTChttp://ttstakkii.web.fc2.com/

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八千代高校レギュラーへの思い

予選を突破していよいよ県大会へ。団体戦のレギュラーは、登録するのが5人で、試合に出られるのがダブルス1とシングルス1と2の4人。一番上の面は、この時点で4人。自分はシングルス2で試合に望む予定でした。しかしここで、新たに体育科の一年生が入部してきて、この子が、かなりテニスが上手でいきなり一面からスタートになったのです。これから再び自分の過酷なレギュラー争いが始まったのでした。
ダブルス1とシングルス1は、ほぼ確定していました。シングルス2が自分と体育科の一年生のどちらかという状況でした。ほぼ毎日のようにその一年生の彼(いつきくん)と試合をしたのを覚えています。かなりしんどかったぁ~と今は振り返りますが、当時は必死でした。試合は勝ったり、負けたりだったのですが、常に1つか2つ彼の方が、勝ち星が多くて、自分が勝ち越すまでは、やめられないっと、ほんとに毎日試合を挑んでいましたね。結局、試合前の勝敗は1つ負け越していたと思います。がしかし、さいた先生(当時の男子テニス部顧問)が初戦は自分、二回戦はいつきくんでいくと決めたのです。
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県大会ドロー決定

県大会予選終了後、ついに県大会のドローが決定しました。県大会の歴史をみると八千代高校は、その半数以上を優勝しており、改めて責任の重大さを感じたのを覚えています。しかし自分たちの時代には、やや低迷しており渋谷幕張高校という私立大学が多方面から選手を集めていて、今では日本のトップ選手である寺地、岩見、石神が在籍しており圧倒的な強さを誇っていました。
自分たち八千代高校は、9~16シードをくじ引きで決めることになったのですが、我が代部長がなんと渋谷幕張の内シード16シードを引いてきたのです!!
正直それを聞いた時は、あぁ~なんてことだ~と思いましたが、なぜかそこで練習していた仲間で「よし相手に不足なし、やってやるかぁ!!」となぜかハイテンションになって猛烈に練習したのを覚えています。

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