タッキーのテニスクラブ開校への道のり

タッキーがテニスクラブを開校するまでの日々の過程を日記形式で紹介します。 クラブホームページTOPへは、下記のアドレスをクリック!

タキザワテニスクラブ☆TTChttp://ttstakkii.web.fc2.com/

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県大会予選(個人戦)

個人戦はあんまり思い出したくない結果だったのですが、ドロー(トーナメントの試合組み合わせ)を良く覚えています。県大会出場のためには、シードを一人倒さないといけないのですが(自分はノーシードでしたので・・・)、そのシードが自分の高校のシングルス1(大久保君)だったのです。正直試合して勝ったことは1回ぐらいしかなかったですが、ここでやっつけてやろうと思っていたら、その一つ前の相手に負けてしまいました。敗因は、次の試合の事ばかり考えていて当面の試合に集中していなかった、というか格下の相手に気の緩みがあったと思います。試合では、常にチャレンジャー精神を忘れないことが大事だ、ということを学びました。
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県大会予選(団体戦)

そして県大会予選(その前の大会で先輩の代でもらったシードを守れず予選から)ここでいきなりピンチに陥りました。リーグ戦だったのですが、全勝できて最後の相手にシングルス1が敗れてしまい、1勝1敗でシングルス2(自分)に回ってきました。これを負けると、なんと八千代高校県大予選で敗退という前代未聞の自体になってしまう可能性があったのですが、会場が自分の高校で応援もかなりあり、それに乗って格上の相手に勝利しました!これは本当にうれしかったです(^-^)/これで団体戦は県大会出場を決めたのでした。

ついにランキング戦1面へ

先に書いたランキング戦(八千高、部内の試合)で一番下の面(6面中一番レベルの低い面)からついに一番上の面まで勝ち上がってきました!!ここまで来るのに1年半はかかったと思います。何とか最後の大会前に、ここまでこられました(^-^)/そして八千代高校のレギュラーを獲得したのです!!

合宿にてブヨとの出会

高校の合宿は、なかなか厳しいもので、水芭蕉のほとりまでのマラソンはかなり辛かったのを覚えています。中盤から後半は体が悲鳴を上げるほどでした。その中でも苦痛だったのが、ブヨ(蚊の大きいやつ!?)との戦いです。自分の血は美味しいのか一年生の時、10箇所以上も刺されめちゃめちゃ腫れて、痛いの、かゆいのって言ったらそれは大変でした。完治するまで一年以上かかったと思います。(病院にいくのが遅くてかなりひっかいてしまったため)
 この合宿で聞いた印象深い伝説がありました。それは当時の前の年の話なのですが、毎日夕食に遅れてくる部員がいたそうです。その人はテニスもすごく強く、皆が尊敬する先輩だったのですが、なぜか夕食にいつも遅れてきました。「何やっているんだ。」と先生が怒っても「すいません。遅れました。」としか言わなかったそうです。何日かするとその先輩と一緒に何人かの部員も食事に遅れてくるようになり、その部員たちに問い詰めると、練習が終わった後、コートから宿までを何往復か走っていたそうです。その道のりは、かなり急な坂道で帰りは下りなのですが、行きは、歩いて上っても息が上るほどでした。それをあの練習後に走っていたのです。その先輩は、合宿中、毎日それをおこなって、帰宅してから、足が痛くて病院にいったところ疲労骨折していたそうです。オーバーワークは良くないことで、自己管理を行なわなければならないとは思います。でもこれほどまでに努力をして、いい訳をせず、自分に厳しくなれるからこそ、あのようなテニスができるんだなぁ~。とその時思いました。

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